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Channel: 中華街ランチ探偵団「酔華」
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 前にも書いたことだが、図書館で古い新聞を調べていると、本来の探し物に辿り着く前に、いろいろ興味を惹く記事に目を奪われて、作業が一向に進まない、そんな経験をした方は多いのではないだろうか。

 先日はこんな写真つきの記事に引っ掛かってしまった(昭和25年2月15日神奈川新聞)。

 タイトルは「夜を稼ぐハマの子どもたち」

 見出しには「ほとんど“我家の働き手”」「盛り場に納豆・花売りふえる」と書かれている。

 花売りというのは昭和50年代に福富町で見かけたので知っているが(これは勝共連合だったかもしれないが)、まさか納豆売りがいたとは驚きだ。
 以下に、リード文を抜き書きしておこう。

 ミナト横浜の夜を彩るカフェー街や軒提灯がゆらめく野毛カストリ横丁など、近ごろ造花やピーナツ、納豆などを売る少年少女がめっきり増えてきた。
 労働省婦人少年局神奈川駐員室では、去る1月中かれら少年少女の夜のアルバイト実態調査を行ったが、この調査でリストアップされたのは横浜市内の野毛伊勢佐木町間盛り場などに百名を超え、大人の世界の不景気から増える一方だ。(なんか、文章がヘンだけど、そう書いてある)

 記事によると、彼ら彼女らが売っていたのは、造花、ピーナツ、納豆、文房具、果物、雑貨など多種多様だが、いちばん多いのは造花と納豆だという。
 なんで納豆なのだろうか? 子どもたちから買った納豆を持って酒場に行ったのだろうか。それとも酔客が我家へのお土産としてかって行くのか? ナゾの一品だ……。

 少年少女たちは戦災孤児ではなく、親がいるものの家計を助けなければならない状況に置かれている者が多いそうだ。
 なかには工場主が少女工員に焼き芋を売らせ、一日の収入7,8千円をすべて巻き揚げている、という可愛そうな話も紹介されている。

 と同時に、父親が公務員で家計はそれほど苦しくないのに、子どもを働かせている家庭もあったという。はたして、当時の公務員の生計は楽だったのかどうか、その辺は詳しく調べてみないと分からないが……



 と、こんな記事にかかわってしまい、本来の調査が進まず、中央図書館を退館。その後は、彼女らが納豆を売り歩いていた野毛、福富町をパトロールして帰路についた。

 この新聞記事に興味のある方は、下の画像をクリックしてください。拡大して読むことができます。ハズキルーペなんか要りません。

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